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zoom RSS 「ドラえもん誕生物語 〜藤子・F・不二雄からの手紙〜」感想

<<   作成日時 : 2006/02/21 18:30   >>

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「ドラえもん誕生物語 〜藤子・F・不二雄からの手紙〜」は
2006年2月19日14時〜15時30分テレビ朝日系にて放送
映画「のび太の恐竜2006」公開記念の特別番組です。
ずいぶん前からファンサイトでは話題になり、
公式HPやテレビ予告なども十分にされていて
その気合いのほどがうかがえます。

タイトルはある意味正確で、
半分は藤子・F・不二雄先生の生涯を追うドキュメンタリー、
残り半分はドラえもん制作にまつわるエピソード、
ドラえもんに対する思いを芸能人が語るなど
ドラえもん関連といったところでしょうか。

映画の宣伝という意味では
ドラえもん話に特化することや、
もっとワイドショー的に演出する事もできたのでしょうが、
比較的落ち着いた仕上がりとなっていた気がします。

主な項目はだいたい以下の通りになります。
・藤子・F・不二雄の生涯
・元同級生が語る藤本弘
・芸能人が語るドラえもんに対する思い
・藤子不二雄A先生が語る当時のエピソード
・ドラえもん誕生時のエピソード
・小学館や藤子プロ関係者の語るエピソード
・家族が語る藤本弘
・大山のぶ代が語る映画の思い出、水田わさびが感じた子どもたちの思い。
・世界各国のアニメドラえもん紹介
・のび太の恐竜2006プロモーション映像(フル)公開

正直、コアなファンの方にとっては
既に知られている話が中心だったかもしれません。
しかし、実際にいろいろな方が語られている様を
映像として、その表情を持って見る事ができるという点は
間違いなく貴重な番組であったと思います。

元同級生の方々が語る部分では
「自分たちの間では『ジャイアンのモデルになったのはあいつだ』
 と思っている人がいる」
ということで実際の写真も映し出されました。
そのご本人の現在は不明ですが、乱暴者ではなく
いわゆる頼りになるガキ大将という方であったとのことです。
また野球をやっていてよく窓ガラスを割って怒られた
というのはドラでおなじみの場面のルーツかもしれません。
藤本先生の母校定塚小学校には「偉大な先輩」を記念して
藤本作品やグッズ、関連記事や展示パネルの集められた教室が
あるとのこと。うらやましい‥‥
「調べ学習」なんかの題材にもなるのでしょうか。

「藤子・F・不二雄の生涯」では
主にドラえもんが誕生するまでの話が扱われています。
少年時代の安孫子先生との出会いや
「少太陽」「天使の玉ちゃん」「原稿落とし」等
基本的な流れはしっかり押さえてあります。
(製菓工場を辞められるまでは
それなりの日数があったかのような描き方でしたが‥‥?)


原稿を落とした事件では、安孫子先生が
「(あの状況で)ぼくと藤本くんと二人ということがすごく大きかった。
 1人だったら完全にあきらめて田舎へ帰っていたと思う」
と語られていたのが非常に印象的です。
「二人で一人の漫画家」としての姿を感じることができました。

そして、ドラえもん誕生について。
こちらはあの「衝撃の予告」の話だけではなく、
ドラが描かれる前後の時代にはいかに
児童向け漫画が青年向け劇画に押されていたのか、
その中で悩んでいた藤本先生の姿を丁寧に扱っています。
そうした流れを考えてこそまたドラの誕生は
意味深いものになるような気がしますので、
このつくりは非常に良かったと思います。

ドラえもんの発想のヒントなどについては
映画「2112年ドラえもん誕生」から引用。
この映画は先生が自身の役をあてているんですよね‥‥
付け加えて四次元ポケットは
美空ひばりさんの「東京キッド」からとのこと。
(右のポッケにゃ夢がある〜♪)
これは個人的には知らないことでした‥‥既出?

妻の藤本正子さんインタビューでは
出会いの頃の様子や、手紙に書かれた児童漫画への思い、
児童漫画が廃れていく時代に悩まれていた様子などのお話が。
3人の娘さんへのインタビューでは
「サンタポスト」のエピソードや
本当に父が書いているとはなかなか信じられないほど
家族の場に仕事を持ち込まなかったという様子などを
うかがうことができました。

その他インタビューには
平山隆さん、むぎわらしんたろうさん、別紙壮一さん
楠部三吉郎さん、河井常吉さんが登場。
元チーフアシスタントのむぎわらさんは、プテラノドンを描いていて
「ここにもう一本骨があるはずだ」と言われたエピソードを、
別紙さんはジャイ子の本名が決められなかった理由は
同じ名前の女の子がいじめられることを危惧されていたためと
いう話を語られていました。
(本名は「不明」ということになります)

「藤子プロの作品は、藤子本人が描かなくなってから
ぐっと質が上がったと言われたらうれしいのですが」
とスタッフにあてたメッセージの紹介と、
つい先日発表された川崎市生田に
藤子・F・不二雄記念館をつくることが決定したことに触れて、
その生涯を追うパートは終了。

その合間合間に芸能人インタビューや
世界のドラえもんなどの紹介が挿入されていました。
(ノリが急に変わってちょっと見にくい形式でした‥‥)

芸能人インタビューでは
武田鉄矢さん、千秋さん、柴田理恵さん、船越英二さんが登場。
武田さんは娘さんを連れてスタジオに行った時のことと、
藤本先生が亡くなられても作品が存続しているということの凄さについて、
儲けのための仕事ではなかった(作品の質を追求したものである)
ということを語られていました。
芸能人と言っても武田さんは主題歌に10年も携われているので
その発言には重みがあるのではないかと思います。

千秋さん、柴田さんはこれまでにもインタビューを
何度か拝見したことがあり、
代表的なドラファン芸能人の方々でしょうか。
特に千秋さんは自身の「理想の男性はドラえもん」という
発言が面白がって取りあげられる状態に対し、
それが作品を読んだ上での真剣な感想であるというようなことを
おっしゃられていました。
何となくそのお気持ち分かりますね‥‥
芸能人であるからこそ余計軽んじられてしまう部分も
あるのかもしれません。
また、自分にも多少「芸能人のコメントコーナーなんて
ワイドショー的で何かやだなあ」と思っていたところが
ありましたので、そういう意味では今回の千秋さんの発言は
とても考えさせられるものだったと思います。

世界のアニメドラはこれまでも何回か
「ちゃんとドラ声の人がやっている!」と
取りあげられているのを見ましたが、それも改めて実感。
「主題歌に注目!」としかアナウンスされなかったインド版OPは
同じ曲を使用しているのがすごいということなのか
テンポがズレているという意味なのか‥‥?
イタリアでは独自のテーマ曲が作られているようです。

その後は船越さんや水田さんのインタビュー
のび恐2006の予告映像をフルバージョンで流すなど
藤本先生を離れてちょっぴり宣伝モードに。
大山のぶ代さんが1980年ののび太の恐竜の思い出と
今後も続けて欲しいという思いを語って番組は終わります。

再現映像やインタビューが基本でしたが、
トキワ荘入居時のエピソードを語る藤本先生本人の
映像も流れたのが嬉しかったところです。
できればもう一回くらい何かのインタビュー映像が見たかったり。
やっぱり動いて、自らの口で語る先生の姿を見ることで
人物像に思いをはせることができるような気もします。

個人的には藤子・F・不二雄語録?を読まれた
ナレーターの方が少し藤本先生に声が似ていた感じもしました。
あと、番組中では基本的に「藤本先生」と呼ばれていたのが印象的。
私も「藤本先生」と呼ばせて頂いていますが、
「誰?それ?」みたいな反応で他の方に通じなかったり
「引かれた」経験もあったので、何となく嬉しい気分に。
ベッキーが「藤本先生」って言ってる!


最後になりますが、
各所で話題になっている「サラリーマンゴンスケ」について。
少年サンデーがオバQヒットから時代を経て、
やや高い年齢を意識した雑誌作りに傾いていった時に
編集部から提案されたアイディアのひとつということです。
当時の編集長高柳義也さんによると
「21エモンの『ゴンスケ』が面白いから、
 あのキャラクターで、サラリーマン的にゴンスケを
 やったらいいんじゃないか」
ということでした。
しかし、藤本先生は
「最近の読者層の変質についていけません。
 ‥‥サラリーマンゴンスケには今の処、興味が持てないのです」
と編集長に宛てた手紙で考えをつづっています。
さらに、
「(そうい)うわけで、新連載をヒットさせる自信は全然ありません。
 自信もなく始めたマンガがどういう結果になるか
『ウメ星』の前例もあることです」
とした上で、
「しばらく『少年サンデー』の執筆陣から外して頂くほかなさそうです」
とも語られています。

「ウメ星」のくだりは画面から拾い読みしたのですが、
サンデーの前連載作品だった「ウメ星デンカ」が
あまり振るわなかった様子が伺えます。
モジャ公の話は聞いたことがありますがウメ星もそうでしたか‥‥

その時代の中で実際の人気がどうであったかなどは、
やはりその時代に生きていた人にしかわからないのは残念です。
話がズレますが、私の世代は
「マンガの王様、藤子・F・不二雄の作品」としての
イメージしか知らないもので‥‥(既に過去のもの?)
劇画ブームの時代に相当に悩まれたということは、
エピソードとしてある程度は聞いております。
ただ、その時代における児童マンガに吹く風がどのようなもので
あったのか‥‥それが所詮想像もつかないことなのは
仕方ないことではありますが。

今でこそファンの間ではモジャ公は名作と名高いですが、
そうした現在のファンの評価が絶対であると、
そこにとらわれないようにしなくてはならないのかもしれません。
作品の本質的な完成度は変わりないものだと思いますが、
その時代ごとでその作品がどう位置づけられるかという
広く客観的な見方も必要になるのでしょう。

まあ、これらは主に自分に対しての戒めですが。
どうも、凝り固まってしまっていけないですね。

どうでもいい自分の反省を書いてしまいましたが、
「『生活ギャグマンガはもう古い』と言われたマンガ家が
実際に路線変更してしまった場合」
を描いた作品でもある「未来の想い出」は
そのあたりを考えてみると、もの凄く深い作品である気がします。

とにかく、現実の藤本先生は
連載の話を断って、それでも児童マンガでできることを
模索されたようです。
そして描かれたのがドラえもんということでしょうか。
ただ、その直前に(69年秋)初の青年向け漫画
「ミノタウロスの皿」を発表している事も重要な点だと思います。
この番組では青年向けS・F短編のことは
触れられていませんでしたが‥‥
この点はちょっと惜しい点。

そして、基本的に番組・映像であるということで
いろんな方のインタビューにもそれに合わせた映像がついていました。
武田鉄也さんなら「宇宙小戦争」の「少年期」のかかるシーンなどです。
21エモンが「宇宙へいらっしゃい」だったり、
パーマンが「Pa-Pa-Pa ザ★ムービー」なのは
まあ‥‥仕方がないことなんでしょうかね。
「ふしぎ風使い」や「太陽王」の映像は
藤本先生の亡くなったあとじゃないか!とツッコミがゴウゴウでしょうが。

特に「これはいくらなんでもおかしい」というような部分や
過剰な演出はなかったので
アラ探しをしてもしょうがないでしょう。

せっかくの機会ですので、オタクと称されない
普通の方々もご覧になっているといいなと感じました。
一回きりの番組としては非常に贅沢というか、
良質のものであったというのが総合的な感想です。


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