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zoom RSS 映画ドラえもん「のび太と緑の巨人伝」感想その2 〜何が足りなかったのか

<<   作成日時 : 2008/03/31 22:50   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 4

※本文大幅改訂しました。080401
映画「のび太と緑の巨人伝」感想その2です。
今回は疑問に感じたところについて
やや辛口で考察を加えています。

以下、問題点についての言及になりますが、
それらがこの映画のすべてというわけではないということを
先にご了承ください。
全体的にみた場合なら、
「F先生没後のオリジナル話の中では一番良かったかも」
という感想は変わりません。
"良かった"部分は感想その1にて詳しく述べております。

※作品の核心に関わる記述を含みます!


さて、今回の映画ですが、
「良かった」とは思います。
が、「面白かった」かと言うと‥‥
疑問符をつけずにはいられません。

ネットでの感想や、
劇場での観客の様子をみても
皆さんどこか腑に落ちない様子。

二回目を観に行き、
そのように首をひねる原因を考えてみますと、
「ドラえもんの映画」に期待していた
ある二つの要素がいささか欠けていたように思えたのです。

それは
楽しい」ということと、
達成感」と仮に称するものです。


「楽しい」というのは、
"日常を離れて、夢や願望をかなえる場面"
といったものです。

今まで(藤子F先生が存命中)の映画で例えてみれば、
 ・恐竜に乗って白亜紀の世界を走り回る
 ・夏休みに友だちと海底キャンプ
 ・雲の上に自分たちの街を作る
などなど、
「自らの意志で望んで」、
「異世界に出かけて」、
「ドラえもんの道具によって」、
実現させてきた事柄ばかり。

今回の「緑の巨人伝」ではどうだったかと考えると、
 
冒頭 木と友だちになったが、舞台は日常ののび太のまち
中盤 異世界には居るが、
    「帰れるのか」、「キー坊はどこに行ったのか」
    という不安感が先行している。
    望んでやって来た(滞在している)世界ではない。
    ドラの道具はほとんど使用されない
といった具合に、
上に述べたような「楽しい」が感じられる条件には、
あまり当てはまっていない気がします。

特に「道具を使う場面がもっとあれば良かったのに」
といった感想を述べてらっしゃる方が多いことを考えると、
やはり「ドラえもん」という作品には、
未来の道具で「あんなことできたらいいな」を実現させる、
そういう「楽しい」が求められている、
そんな気がします。

細かい部分は個人の感覚によるものだと思いますが、
月とイルカを観ながらマツタケの串焼き を食べたり、
空飛ぶじゅうたんが普通にテレビで宣伝されていたり、
そんなキラリと光る、うらやましくなる様な
「楽しい」シーンがあったかと言うと、
やはり疑問を感じてしまいます。

「のび恐2006」で食料あつめの場面がカット(短縮)されたのが、
個人的にすごーく残念だったのですが、
あれも私にとって「楽しい」場面だったのでしょう。


次に「達成感」について。
あまり適切な表現ではなかったかもしれませんが、
問題を解決する、
目的を達成する、
敵を倒す、など
物語を終える=日常に戻る、ために
必要な課題がクリアされた、という実感
を表します。

これも今までの映画で例えるなら、
 ・惑星破壊が食い止められる
 ・恐竜絶滅を回避する
 ・侵略宇宙人を倒す
などが思い出されるでしょうか。
実際にはもう少し状況は複雑でしたが、
「これで解決した」という境目があったと思います。
つまり「これでひと山超えた、物語を終えられるな」
という感覚です。

さて「巨人伝」ではどうだったかというと、
 キー坊を探す→地球へ帰りたい→キー坊を助ける
と、当面の目的がどんどん変わっていく上に、
「ええと、今のび太たちは何をやってるんだっけ?」
と感じる場面もしばしば。
上で述べたように、
植物星にいることを楽しんでるというほどでも無いので、
どうも受け身の印象で、何をしたいのか分かりません。
しかも、本来一大危機のはずの
「地球人絶滅計画」に対してですら
阻止を直接の目的としていない様子。
この辺の噛みあわせの悪さが、前回
「勝手に失敗して幸いにも反省してくれただけ」
と述べた部分になります。

それでは「キー坊を助ける」ことが
のび太たちの最大の目的であり、
物語の山場だったのかと言うと‥‥
本来のあらすじではそうなっているのでしょうが、
観客にはとてもそういう実感は伝わってこない!

シラーたちが改心したのも
『水をあげるのび太を見て心を動かされたから』
ということになっているようなのですが、
二回見てやっとそうらしいと分かった有様。

こうなってしまった原因は、
さまざまな方が既に指摘されていますように、
後半の展開が駆け足すぎたことで、
キー坊を助けることが最大の山場なのだと実感させるだけの、
"ため"の場面、
危機感を持たせる場面、
観客とのび太たちに状況を整理させる場面、などが
十分取れなかったことが大きいのでしょう。

「よし、これで山を越したぞ」
「解決したぞ」「目的を達成したぞ」
という瞬間が分からず、実感が湧かない。
そのため、何が最終的に物語の目的(課題)だったのかが、
観客に伝わってこない
という事態に。

勝手な推測ですが、
「終盤何だかよく分からなかった」
という感想の方が多いのは、
このあたりに要因があるかと思います。


さらに個人的には長老ジイにもレッドカード。
"日常に戻るための条件"であるはずの
「緑に埋まった地球を元に戻してこじれを清算する」、
という、物語を終えるための最終解決を
ああいった神的な存在、
言ってしまえば反則的な規格外の存在がやってしまった
ということはマズかったような気がします。

もともとのび太たちは所詮普通の小学生なので、
直接的に問題を解決する能力はありません。
これまでの映画でもだいたいがそうだったと思います。

しかしながら、
長老ジイは星の意志そのものです、
だから地球も元に戻せます、
花も咲かせます、
愛も語ります、では
あんまりにも唐突であり、
説得力に欠けるという印象。

同じ「のび太が直接どうにかしたわけではない」にしても、
「きびだんごを食べた恐竜だ! これで一発逆転!」(のび太の恐竜)
という方が、伏線も十分に張ってありますし、
理屈も納得させるものがあると思います。


拙い説明で申し訳ありませんが、要するに
・何が物語の問題なのかが伝わってこない
・どこで状況が打開されたかが分かりにくい
・最終的解決を超存在が謎の力で行ってしまった
といった点が重なって、
物語が終わるというスッキリ感、
上で言う「達成感」が得られないのではないでしょうか。

このあたりはウェブログ「真・南海大決戦」で
管理人のTJ-type1さんが
ちゃんとゴールテープが張られていないもんだから、
 ゴールをくぐっても…妙にあっけない
。』
と述べていらっしゃったのが非常に的確で、
私がクダクダと長文で述べてきたことを
一言でまとめていらっしゃったので引用させていただきます。


さて、「楽しい」ということと
「達成感」というようなものについて、
なぜこれらが重要なのかと言うと、
最初に触れたように、
これらが「ドラえもんの映画」に
期待されているものだと考えるからです。

「楽しい」場面は、
観客(特に子ども)が感情移入できる部分であり、
「ああ、あれが面白かったな」と、
映画を思い出したときに感じるもの、
心に印象付けるものだと思います。
ワクワク感、非日常世界の体感、知的好奇心の刺激など、
まさに私たちが映画を見る目的そのもの、
と言えるかもしれません。

「達成感」の方は、
物語を締めくくるのに必要不可欠な上に、
「事件がいかに解決されるか」という
観客が一番見たいものそのものではないでしょうか。
観客自体が日常空間に戻ってくるために必要な過程、
という少しひねった見方もできるかもしれません。

どんな映画でもこういった部分があると思いますが、
「ドラえもん」の場合はさらに、
 「今度はどんな道具が出てくるのかな」
 「今度はどんな世界へ行くのかな」
 「今度はどんな仲間と出会うのかな」
 「今度はどうやって敵を倒すのかな」
 「今度はどうやって問題を解決するのかな」
などなど、以前に見た「面白い」話を思い出しつつ、
「今度は?」という純粋で真剣な期待を持って
皆さん劇場へ足を運ぶのではないかと思います。

ドラえもんの映画が国民的作品であるだけに、
高いハードルになっているのかもしれません。
しかしながら、こうした「楽しい」要素や、
映画らしいスケールに見合った事件の「達成感」を
不十分にしてしまうということは、
やはり期待を裏切ることになってしまうのではないでしょうか。

あまり良い例えでないかもしれませんが、
鬼退治に行かない桃太郎や、
印籠を出さない水戸黄門は
「面白くなさそう」ですよね‥‥


と、いうことで
やっぱりドラえもんの映画は
ワクワクするような異世界で、道具を使って、
「楽しく」冒険して!
力を合わせて問題に立ち向かって、
悲しい別れもあるかもしれないけれど、
しっかり「区切り」をつけて!
そしていつもの日常に帰ってくる、

そんな話がいいよね、
という感じでまた来年に「期待」したいと思います。

「楽しい」場面も、
事態が解決されるという「達成感」も
どちらもがあいまいだった今作は、
良かった部分も沢山あったけれども
やはり「面白かった」とは言えないんじゃないか、
そういう感想で今年は落ちつけることにします。

 ◇

長くなりましたが、ここまでお読みくださいまして
ありがとうございました。
それは違うんじゃないのという部分もあったかと思いますが、
少しでも「ふーん」と感じていただけましたら幸いです。

「緑の巨人」って結局何じゃらほい(古)、ということや
植物と動物の関係についてのフォローが足りないんじゃないの?
2009年の映画はやっぱりアレだよね!
等々まだまだ語りたいこともあるのですが、
またの機会に‥‥

今回が観客側からの一方的な辛口批評になってしまったので、
「映画ドラえ本」やコミック版の紹介もしたいと思います。
 →感想その3(コミック版等関連本紹介)

具体的にどの場面が「良かった」とか「気になった」
という話は、感想その1にてざっと述べています。
しつこいようですが、トータルで見た場合は
「良かった」映画だと思いますよ!

 →映画スピンオフ番外編「もうひとつの緑の巨人伝」感想

「『良かった』が『面白い』とは言えない」などと
偉そうなことを述べてきましたが、
これほど色々語りたくなる映画は初めてかもしれません。
あれこれ考えさせるのが狙いなら、成功しているのかも?

「南海」や「ロボット王国」あたりだと語る気も起きな(規制

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
すんません。
横やり入れるようなつっこみなんですが、『「のび恐2006」で食料あつめの場面がカットされた』って書いてますけど
一応ダイジェストで流れてましたよ?
(バックミュージックにボクノートのオーケストラバージョン)
納汲蜩
2008/04/02 14:09
ご指摘どうもありがとうございます。
海に入るのは覚えていたのですが、映画公開時以来観ていないものでして…
当時自分で書いた感想を読み直したら、ちゃんと「短縮されたのが残念だ」と書いてありました。。。

個人的にコミックで缶詰をつくる場面が特に好きで、「シダのサラダ」や「魚介類のムニエル」というくだりが美味しそうでたまりませんでした。
機会があればまた2006も観なおしてみたいとおもいます。
春巻き
2008/04/02 20:53
こんにちは。
自分の中のモヤモヤの正体が何であるのか、ということを考えるにあたり、大変参考になりました。なるほどなるほどの連続です。
コミック版の感想等も期待しております。

そして最後の規制部分、概ね同意です…。
gummiball
2008/04/03 12:49
大変嬉しいご感想ありがとうございます。
二回目を見終わったあとの、劇場に漂う微妙な空気の正体が気になって、思いつくことをガーっと並べてしまったという記事でした。
そのため、くどい上にややキツイ表現になってしまって反省していたのですが、少しでも読んでいただける部分があったようで、本当に幸いに感じます。
語れる要素があるのは悪いことではないのかもしれませんが、次作はもう少し直球でも良いような気がしてきました。
春巻き
2008/04/03 22:37

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