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zoom RSS 「映画ドラえもん のび太の人魚大海戦」感想!

<<   作成日時 : 2010/03/28 00:02   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 29 / トラックバック 0 / コメント 0

この記事は映画のネタバレを含みます) 
今年も公開中の「映画ドラえもん のび太の人魚大海戦」! 
先日二回目を観てきました。 
今回の感想をひとことでまとめると……


「ソフィアの人魚大海戦」じゃなくて、
「のび太の人魚大海戦」が観たかったです。

に、なるでしょうか。

他にもいろいろあるのですが、
個人的に行き着くのはここということで。


以下、もう少し具体的に述べていきたいと思います。

映画および一部コミック版のネタバレとなりますので、
未見の方はご注意ください。

(結末や核心に関わる記述があります)


 ◇



まずは良かった点について。

・ヒロインであるソフィアの魅力

可愛く、カッコ良く、とにかく魅力的で
印象に残るキャラクターに仕上がっていました。

行動力があって凛としていて、
それでいてドラえもんのヒゲをぐいぐい引っ張っちゃうような
好奇心旺盛なところもあって、
映画オリジナルキャラクターの中でも、
かなりのお気に入りになりました。

リーレやジャンヌなど、過去の「姫」キャラが
比較的とんがった性格をしていたことを考えれば、
うまく個性わけもできているでしょうか。
両親が不在(死別)というあたりはかぶってしまいましたが。
ソフィア可愛いよソフィア。

演じられていたのがゲスト芸能人ではなく、
田中理恵さんだったことも良かったです。


・5人+1の仲間たち

物語の中心がソフィアだったことの裏返しかもしれませんが、
のび太、ドラえもん、ジャイアン、スネ夫、しずかの5人が揃って
わいわいにぎやかに冒険していたような印象があります。
途中、しずかがさらわれる事件もありましたが、
本当に仲の良い友だちなんだなという雰囲気が感じられました。

どこがどう、というわけでも無いのだけれど、
これまでの映画に無い距離の近さ、
「仲間の空気」というようなものが漂っていたような。

ドラミはまさに助っ人ポジションでしょうか。
それも「レギュラー以上の活躍をみせる」が付くところの。


・スピード感、迫力、アングル等

サメに追いかけられるシーンや、ヒラリマントの反撃、
水流サーフィンの場面などのスピード感がたっぷりでした。
とりわけ、サメ視点のカメラがのび太の後ろを追っていくところから、
オルゴールが口に飛び込むまでの怒涛の勢いがたまりません。
そこから一転して「おウチに帰る」という緩急も見事!
シミュレーターポンプの内側で水が流れる(のび太が覗く)様子
が映し出されるカットも印象的です。


・音楽、美術等

作品を支える重要要素。
海底都市に到着するところで流れていた中華風の音楽が、
めちゃくちゃ壮大でカッコよかった!
その他「怪魚族のテーマ曲(仮)」なども印象的でした。
4月21日発売の「サウンドトラックヒストリー2」に
収録されることを期待したいです。

美術については(架空の)海の底に沈んだのび太のまちの描写と、
ソフィアたちが暮らす海底都市の緻密さに見とれます。
3月6日放送の特番「ありがとう!30周年ドラえもん映画伝説」
楠葉監督インタビューによると、
海底都市のモデルは南仏の城塞都市カルカソンヌとのこと。
ここで暮らす人々もリアルに描かれ、
ほんの一瞬映るだけというのがもったいなさ過ぎる作りこみの深さ!
今年はテレビ版の方で番外編も制作されないようなので、
とても残念です。

 ◇


次に問題点…というか気になった点について。
やや辛口になっておりますのでご了承ください。


・ストーリーの各要素がばらけている

その場面が「物語全体ではどのような意味を持つのか」、
という部分があいまいで、
あるいは矛盾しているのでは?という箇所が見られました。

例えば冒頭の「海賊ごっこ」。
これは後の「人魚の剣(仮)」の伏線となり、
上手いなあとは思うのですが、
全体で見た場合はどちらかというと
ブイキンたち怪魚族側の要素になっている気がします。
「海を舞台に剣で戦う」ことへのあこがれとしても、
そののび太は剣どころか、
水圧砲も持たせてもらえていなかったような。

「人が魚のように泳ぐ」という人魚的テーマを
辛うじてスキューバダイビングが示唆していましたが、
これはスネ夫の要素になってしまっているのも惜しいところ。
詳細は後述しますが、できればのび太には、
触れる機会すらほとんど無かった「剣」ではなく、
「泳ぐ」要素をもっとからめてくれていたら嬉しかったです。

あとは「五つの星=ぎょしゃ座」のイメージについて、
後の展開に生きてくるに違いないと思いきや、
ほぼあの場限り?であったり。
あるいは、水よけロープの中でキャンプをする意味は何だったのか、
伏線にはなっていたけれど、「そのためだけの場面」ではなかったのか、
(テントアパートは水中使用前提であるし、テキオー灯も浴びてるのに)
という部分など、逆に伏線のための伏線になっているような場面も
見受けられました。

また、剣をめぐる伝説について、その度に説明が変わっていたことにも
混乱させられました。
「人魚の剣を使って人魚族を助けてくれる」という神マナティアが
「伝説の戦士ソフィア」にすり替わっていたり、
「ティアラ、鎧、剣を身に付けられるのはマナティアに選ばれた戦士だけ」
という解説がありながら、
ティアラ以外はブイキンがしっかり装備していたりと、
ちぐはぐな印象を受けました。
語る人によって異なるからこそ「伝説」なのだと言えば、
その通りではあるのですが……ううむ。

こうした、「ばらけている」ように感じられた各要素も
元は設定や、そのための展開が用意してあったのかもしれません。
カットや再構成を繰り返した結果、
わかりにくくなってしまったのではないかなと考えました。



・「わかりやすさ」と「必要な説明」とは

「映画ドラえ本」の記事などによると、
楠葉宏三監督が心がけたのは
「小さな子どもにもわかりやすい映画にすること」
だということでした。

なるほどその通り、際限なく広がっていきかねない説明描写は
最小限に省き、
「今画面で何が起こっているか」が
つかみやすくなっていたことは確かでしょうか。
なによりソフィアの魅力を描くことに集中し、
実際それにも成功していたように思えます。

が、上の項目で述べたこととも重なるのですが、
本当はあった方が良い必要な説明まで消えているのではないか、
登場人物がなぜそうした行動をとるのか、その背景や
それを支える描写も省略されてしまっているのではないか、
という気もしました。

具体的に述べると
先ほどの人魚の剣がらみの設定や、
ソフィアが空を飛びたがった理由など、
岡田康則さんのコミック版で合点がいった箇所も
いくつかあります。
もちろん、映画版とコミック版の解釈の違いもあるのでしょうが。

また登場人物の行動については、
ソフィアの警戒感がほぐれた経緯や、
のびドラたちがどうしてそこまでソフィアに
協力的なのかということについて、
わかるようなわからないような、妙な感覚を持ちました。

「あんなに星があるのに見つけられるのか」と弱音(正論)を吐いた
スネ夫を集中批難する場面や、
「ソフィアさんなら素敵な女王になれる」と断言するのび太にも
微妙な違和感が残ります。

恐らく、のび太たちがそういう行動を取るだけの関係を
築けていたのだろう、
些細なようで大切なエピソードがきっといくつもあったに違いない、
というのはうかがえるのですが、
できることならそういった場面を
本編の中でもう少し見たかったな、と感じました。

のび太がソフィアに憧れるのは、想像できるというか、
わからなくもないのだけれど、
ソフィアにとってのび太はどういう存在だったのか、
「のび太くんが教えてくれた」というセリフだけが
少し浮いているようにも思えました。

要素を詰め込みすぎて破綻したり、
焦点がボケてしまうのも怖いということは
十分承知してはいるのですが。



・「すこし・ふしぎ」ではなくて「ファンタジー」してる?

これも好みの問題だったり、
単純に説明が省かれているだけかもしれませんが、
人魚族の設定や伝説が「ファンタジー」化していることが
気にかかりました。

とりわけ、
ソフィアが祈りを捧げたら、
祭壇に初代ソフィアの幻影と剣が現れた部分……
さらにソフィアの元へ剣が瞬間移動するおまけつき。

いやいやいや、
いくら高度な文明を持っていた宇宙人の道具だからって
それは無いだろう、と。
王家の人間を認証するシステムがティアラに仕込んであって、
うんぬん、なども妄想してみたのですが、
あっさりブイキンに奪われ、
取り返すのに苦労していたことを考えると
そういう理屈でも無いのでしょう。

その他、テキオー灯を持っていた「海底鬼岩城」の海底人と違い、
人魚族は素で水陸両生活に対応できるようですが、
呼吸器官や海底での視覚はどうなってるんだろう、ということや、
怪魚族の銃火器って水中使用的にどういう構造?
ブイキンが乗っていた馬みたいな生物って
水の中で何を蹴って進んでいるの?
などなど、無粋ではありますが、
いくつもの疑問が湧いてきます。

これらは想像や妄想でなんとか補えないこともないのですが、
それを観客に全て委ねずに、
少しでも根拠付けをするセリフでもあれば、
もっと素直に作品を楽しめたかもしれません。

「ファンタジー」ではないのですが、
ハリ坊型とソフィアタイプの人物が
同じ「人魚族」というくくりなのも謎。



・敵側(怪魚族)の論理の不明さ

極端な話、
「なんでそんなに人魚の剣が欲しいの?」
と、いうことに尽きます。

ブイキンは「鎧と剣があれば全宇宙を支配できる」
と意気込んでいましたが、
実際はご覧の通り、
激しい水竜巻を起こすという能力で、
陸上で使ってもただ空を切るだけでした。
挙げ句ドラの「電光丸」に敗北しているので、
純粋な武器としての強さもたかが知れているようです。

確かにソフィアが手にしたときのような、
水を浄化する能力は素晴らしいものがありますが、
「全宇宙を支配」するようなものではないでしょう。

さすがに苦しいと感じたのか、
コミック版では
「宇宙の多くの生物は海で生まれ、進化する。
 水を支配し、操ることができる人魚の剣を手にすれば、
 宇宙のあらゆる生物にとってとてつもない脅威となる」
岡田康則「映画ストーリー ドラえもんのび太の人魚大海戦」p.134-135
と、いうフォローが加えられていましたが、
それでもやはり「全宇宙支配」には厳しいでしょうか。

一応、「誰も人魚の剣を見たことがない」ということで、
伝説にかける期待が膨らみすぎていた可能性もあります。
実物を手にしたブイキンも、内心ガッカリしていたかもしれませんし。

そもそも伝説の戦士であるところの初代ソフィアが、
剣と鎧(とティアラ)を手にしながら
戦況を覆すこともアクア星の環境もどうにもできずに
結局敗走してきた(らしい)ことからも、
怪魚族、人魚族ともに過度の期待をしすぎだったのかもしれません。

過去映画にもデマオンさまやダブランダー、ヤドリ天帝のように
地球征服、銀河系支配とでっかく出た敵キャラは居たので、
その目的自体は構わないかと思います。
が、そのための手段としてはどうも弱いように感じられました。

また、ブイキン自身の行動も、
「おしりペンペン」の幼稚な挑発に乗って追いかけてきたり、
ドラたちが樹木の生えた島に立っているなど、
どう見ても陸上であるのに、
架空水を疑いもせずに剣を振るってしまったり、
ポンプを「なんだこれは」と悠長に眺めていたりと、
どうにも「やられるための行動」になっていたのも残念です。
「わかりやすい」のは確かですが。

場所がわからない人魚の剣について、
人質を取るという戦法はなかなか有効で、
物語もうまく盛り上がっていたように思えました。



・ソフィアの「帰る場所」がボケている?

「帰る場所」は青山テルマさんの歌う映画主題歌のタイトルですが、
本来はこれがソフィアの物語の主軸になる言葉だったのかな、
という気がします。

コミック版では、
故郷のアクア星を探したいというソフィアの目的が明確で、
剣を探し、守るのもそのためという行動理念があります。
そして剣に水の浄化能力があると知ったソフィアは、
そのままアクア星を目指して旅立っていきました。

映画版では、剣にアクア星の場所を示す力があることは
あいまいで、
ソフィアもなぜそこまで剣を守ろうとするのか、
信念や目的があまりはっきりしていなかった印象を受けました。

ラストで
「いつの日か私たちは、この剣を持ってアクア星に帰ります」
と決意を語っているものの、
正直なところ、「え、星じゃなくてこのまま海底に帰っちゃうの?」と
拍子抜けしてしまいました。

飛行機に驚いていたところからすると、
宇宙に出て行くような技術は失われてしまったのかもしれませんが、
(映画版の)ソフィアにとって「帰る場所」は
どこだったのだろう、というモヤモヤ感は残ります。

これまでも、これからも当分地球暮らしなら、
人魚族にとって地球はどんな場所なのだろう?
という疑問も……

また、のび太たちがタイムマシンで「帰って」しまったため、
「また会えるかな」というセリフの余韻も打ち消されていた気がします。
ソフィアたちさえ拒まなければ、また海底に行けば会えるんじゃ……
そもそも、マシンで戻った時刻だと、
海中で「遠い海から来たあなた」が流れていたあたり?
などとつい余計なツッコミが浮かんでしまいました。



・のび太が生かせていない

冒頭に述べたとおり、個人的にはこれが一番残念でした。
私は物語が多少微妙でも、キャラクターの魅力が感じられれば
良いとする人間ではあるのですが、
この映画でソフィア以外のキャラがどうであったかと言うと……
ジャイアンとドラミを除いて存在感が薄かったように思えます。

ヒロインであるソフィアが魅力的であればあるほど、
彼女にからんでいくキャラクターが必要なのではないかな、
という気がします。
しずかにはカチューシャの交換の場面がありましたが、
若干「人違い」の伏線の要素が強めで、
交流としては少しあっさりしていたようにも思えました。
「ソフィアさん、おはようございます」
(交換して)「いいんですか?」
という、しずかの敬語使いにも距離を感じます。

と、なるとタイトルにも冠された、
我らが主人公、のび太に期待せざるを得ないのですが、
どうにも残念なことになっていた印象を受けました。

正直なところ、
私はこの「人魚大海戦」にものすごく期待をしていたのです。
のび太と言えば「泳げないヒト」。
苦手は数あれど、勉強に次ぐくらいの
のび太というキャラの重要要素である以上、
「泳ぐヒト」であるところの「人魚」を題に掲げた映画なら、
きっとそのあたりが描かれるに違いない!と勝手に妄想していたのですが、
そのような展開はありませんでした……

もちろん、作中でこの設定が無視されていたわけではありません。
人魚スーツを着ているにも関わらず、泳ぎにもたつき、
怪魚族からは集中砲火を受ける羽目に至っていました。

けれどそうしたのび太の「泳げない」という特性が
「怪魚族の悪さを描くため」
「ドラたちの足を引っぱるため」
でしか用いられなかった(ように思えた)のは
残念でなりませんでした。

人魚族の姫であるソフィアに対して
のび太が強い憧れを抱いていたことは、
カッコいい美少女だからというだけではないはずなのですが、
どうだったのでしょうか。
自由に海中を泳ぐ手段を手に入れた喜びと、
にも関わらず自分は足を引っぱってしまうという葛藤も
あったのではないかと思うのですが。

そのあたりをなんとか、
ソフィアの力になりたいとする行動に結び付けてくれれば、
良かったような気がします。

あくまでのび太びいきの人間の勝手な妄想ですが、
ヒロインと深く関わるキャラクターを置くことで、
両者の魅力を相対的に引き立てるということ、
主人公らが積極的に力を貸すという自然な流れをつくること、
は、物語の構成上有用な手段ではないかと考えます。

やっぱりのび太が主体的に動いている話の方が
面白い気がするわけで……

そのあたり、コミック版では
「のび太と泳ぎとソフィア」という要素を
拾ってくれているのが嬉しかったです。
元々の脚本にあったものが、
映画では削られている可能性もあるかもしれません。


余談ですが、テレビ版では
海底遺跡に暮らす宇宙人と泳げないのび太の交流、
そして星へ帰るというテーマがかなり重なった
眠る海の王国」(2008年)というオリジナル作品が放送されています。
真保さんはともかく、楠葉監督は承知しているはずなのですが……
悪い意味で、テレビ版と映画版の断絶を感じたのも残念。
(この作品はDVD「みんなが選んだ心に残るお話30 テストにアンキパン編」に収録されています)


 ◇

・映画30周年記念作品!?

これは微妙だったという訳ではありませんが、
印象に残ったという点で。

既に多くの方がこの映画の感想で述べられていると思いますが、
今回の「人魚大海戦」には
これまでの過去の作品を思い出させるような要素が
数多く挿入されています。

多分に私の考えすぎも含まれているでしょうが、
「海底鬼岩城」や「雲の王国」、「アニマル惑星」
あたりを思い出させる場面が多かったように思えます。
「水の通路を潜り抜けた先にある都市→『竜の騎士』?」
程度の薄〜い類似であれば、
映画全作の7割くらいは連想できるかもしれません。

ひとつやふたつであれば、
単純に「モチーフにしたのだな」ということや、
あるいは「ドラオタクである私の考えすぎ?」
ということもあるかもしれませんが、
もしかしたら30周年記念ということで、
意図的に散りばめられたのでは?という妄想をしてしまいます。


・エピローグ〜原点とこれから

ソフィアたちとの「さようなら」が、
「無断外泊!?」でうやむやに流れてしまったのは残念でしたが、
その後、いつも通りの変わらない日常風景を描いて終わるという
演出はとても良かったです。
原作やテレビ版の通常短編こそが、のび太たちの本来の世界で、
だからこそ非日常の大冒険が際立ち、
そこで出会った人々との隔たりが感じられるという……
それゆえに、「ソフィアたちはまだ普通に地球の海底に居ます」
という状態が惜しかったのですが。

エンディング(スタッフロール)が
藤子・F・不二雄先生の描かれたイラストポーズ集の
引用だったことも印象的でした。
グリコのカードや切手など、
作画用の資料としてよく使われているあれではないかと思います。

わさドラデザインに直すのではなく、
ヒゲや目の配置など、
F先生のタッチをそのまま使用しているところも含めて、
「30周年という節目を迎え、改めてF先生の原作を
 大切にしていきます」というような
制作スタッフのメッセージでもあるのではないかなと感じました。
携わる方々の熱意と真摯な姿勢が伝わってきます。

ごく個人的には、
EDはやはり後日談とか、あるいは歴代29作の映像を流すのでも
良かったのではないかなという気もしましたが……
ここは完全に好みの問題で申し訳ありません。


 ◇

・まとめ

ひたすら長くなりましたが、
「ソフィアの人魚大海戦」になっているという点や
細部のつじつまに若干の違和感があるという部分を踏まえて、
「それはそれ」として置いて観れば、
とても楽しめる映画だったと思います。

事実、「ツッコミどころ」がわかっていた二回目の鑑賞では、
素直に物語の展開と映像の迫力や美しさに
見入ることができました。

「気になった点」の記述が多くなってしまいましたが、
客観的に観れば十分「面白かった!」と言える映画であり、
映画館へ足を運ぶ価値もあると思います。

環境問題的なメッセージも含まれながら、
それを前面に出すこともなく、
実に自然にエンターテイメントとして融合していました。
ジャイアンではありませんが、
ラストの浄化された海は本当に美しく、
冒険の終わりと、これからの未来を感じさせる画として
心に残るものとなりました。

辛口でやや一方的な感想になってしまいましたが、
それでも今のアニメ「ドラえもん」が持つ力に
期待しているためです。
映画版は少し肩に力が入りすぎている気もしますが、
普段のテレビシリーズの面白さ(2010年3月現在)を見る限り、
基礎や底力はあるはずだと信じています。


と、いうことで来年の映画も、
少し怖く、でも大いに期待して楽しみにしたいと思います!




本当に長文で要領を得ない感想でしたが、
ここまでお読み頂きましてありがとうございました。

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