今をトキめかない

アクセスカウンタ

zoom RSS 映画ドラえもん「のび太のカチコチ大冒険」感想その1(希望と妄想編)

<<   作成日時 : 2017/06/09 21:43   >>

ナイス ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

映画ドラえもん「のび太のカチコチ大冒険」の感想です。
その1ではブリザーガとリングの使い道や偽ドラなどの要素について、
「こういうテーマだったのでは?」という妄想と希望を中心に述べます。


さて、毎年恒例、
「カチコチ大冒険」の感想を短くまとめると……

映像が美しく、動きがあって引き込まれる!
科学的・SF的興味がそそられてワクワクする!

でも、

あえて明確にしなかったところ、
重い設定と人物の感情について、
もう少しだけ踏み込んでほしかった。

に、なるでしょうか。


映像はとってもとっても良かったですし、
キャラクターの魅力も、見所もたくさんあるのですが、
こちらの記事では先に
どうしても気になったところ、
もう少し踏み込んで欲しかったテーマについて述べたいと思います。

正直詮無い話だとは思いますが、
こういう風に感じた人間もいるということで流していただけたら幸いです。
また、ネタバレとなっていることについてもご了承ください。

 ◇

さて、私が映画を観て一番ひっかかったのは、
全てを凍らせる巨人、
「ブリザーガとは何か?」ということです。

作中ではヒャッコイ博士によって、
「古代ヒョーガヒョーガ星人は銀河中に進出する科学力を有し、住めそうな星を見つけたときにブリザーガを使った」
「惑星凍結後に生命環境が爆発的に発展することがある(のを期待した)」
と説明されていましたが、
これはそのまま納得するには、
あまりにも効率が悪く、そしてあまりにも乱暴な手段であると言えます。

まず普通に考えて、ブリザーガの凍結能力を惑星環境の改造に使うには、
時間と手間がかかりすぎるということです。
解凍後の環境が望んだ形に整う保証もありません。

ドラが「しあわせのお星さま」などの話で実践したように、
重力を調整し、大気(酸素)を固定し、直接植物や水を配置するなど、
一つ一つ環境を改造してしまった方がまだ現実的な気がします。
実際に南極の氷の下に都市を形成していたことからも、
ドーム状のコロニーのようなものを築く技術力も充分にあったことでしょう。


このあたりを
「とにかく神話のような氷の巨人を出したかっただけで、細かいことは考えてないんだよ!」
と、「雑な構成の映画」だとして片付けてしまえば簡単です。
しかし、個人的にはそうではないと考えています。

後述していきますが、
ブリザーガの正体に限らず、この作品には、
「もっと踏み込めたのでは?」
「本当は設定や意図があったのに削ったのでは?」
と思われる箇所が多いように思います。

高橋敦史監督はこの「カチコチ大冒険」を、よりシンプルな形で、鑑賞してほしかったのかもしれません。
だとするなら、これから述べていくような解釈や推測は、全く余計なことでしかないのかもしれませんが、
随所に見られる痕跡が気になることと、
元はこういうテーマだったのではないか?という妄想が、
どんどん広がってしまったのでこの記事を書くことにしました。

※以下、各章のタイトルはイメージポスターに書かれたコピーからの引用です。

 ◇

(1) 『7億年前にあったことは、明日あっても不思議じゃないんだ』

ではブリザーガとは何なのかを、
もう少し現実的に考えると、ある言葉が浮かんできます。

それは「侵略兵器ではないか?」ということ。

兵器としての扱いやすさや即時威力は
火器や爆弾に劣るでしょうが、
その巨人の威容は人々に絶対的な恐怖を与えることと思われます。

また、敵対勢力の都市機能を停止させ、
かつ氷の彫像として姿をとどめることで、
自分達の力を誇示する効果もあるでしょうか。
加えて解凍を早める技術もあるのならば、
環境汚染のリスクを最小限に抑えて、
その土地(星)を奪うために使用することも考えられます。

実際、カーラが幼い頃に見たブリザーガの姿が
恐怖として記憶に焼きついていることや、
人々の暮らす街が凍結され、ヒョーガヒョーガ星を離れざるを得なくなったことが、
説得力を増してしまっているかもしれません。

凍結させる兵器ということで、
「氷爆」が使用された世界を描いたF先生とA先生による共著、
「UTOPIA 最後の世界大戦」も思い出しました……


仮に、「他の星へ入植するため惑星環境の変動を促すのに使った」
というのが本当だったとしても、
それはその星が本来たどるはずだった進化や変化の過程をねじ曲げてしまうことになります。

ブリザーガによる「改造」の結果、
居住可能な環境と、生活に必要な動植物が出現したとして、
さて、ヒョーガヒョーガ星人は、
どの段階でその土地に住みはじめるのでしょうか?

ヒト種が出現するまで進んではまずいですよね。
ならサルなら良いのか?
被子植物が必要なら昆虫は? 魚や鳥は? 菌類は?
等々、どこで線引きをするにしても、
よそから来た古代ヒョーガヒョーガ星人が、その星を自分達の都合よく区切って利用してしまうことに変わりはありません。

惑星改造、いわゆるテラフォーミングというのは、
今作の古代ヒョーガヒョーガ星人に限らず、ネタ元のコーヤコーヤ星人はもちろん、
植民を扱う物語では避けて通れない問題ですし、
ドラえもんたちや、「21エモン」世界の人間も似たようなことをしているのですが……

それでもヒャッコイ博士の説明をそのまま、
「ふーんそうやって使うんだ」と流してしまうにはどうしても抵抗がありました。


他の文明圏に対して兵器として使用するのか、
環境が居住に適さない段階の星に使うのかで
大義名分は違ってきますが、
程度の差こそあれ、
自分達の都合のために
圧倒的な力で惑星を凍らせることには変わりありません。
非常に乱暴な手段であり、
倫理的にも問題を抱えているのではないかと思います。


そして、そのことをおそらく高橋監督は承知しているのですよね。

なぜなら
「地球の生命が発展したのは、かつてヒョーガヒョーガ星人がブリザーガを使ったからだったんだね!」
などいう"SFロマン"としては描かれていないからです。

ヒャッコイ博士が「地球はブリザーガとは関係なく凍結したのではないか」
と言ったのも、科学的検証とフィクションの間に余地を残したのと同時に、
やはり乱暴な手段だからではないかと思います。
地球が古代ヒョーガヒョーガ星人によって植民目的で凍結させられたとしてしまうと、
ジャイアンならずともカーラたちに対して微妙な感情になってしまうことでしょう。

そして、ブリザーガは決して「必要な道具・手段」ではなく、
あきらかに恐怖または畏怖の対象として描かれているということもあります。
ブリザーガの声(?)が歌手の平原綾香さんの歌声だということについても、何のアナウンスも解説もされておらず、まったくの謎なのですが、
いわゆる大人の事情を抜きにして「作中で意味がある」のだとすれば、
全てを凍りつかせるその吐息、力の奔流を半ば「神の御業」のように、
美しい歌声とともに神聖なものとして扱うことで、
彼らの中で行為を正当化していたのかな…とも考えられます。

あるいは、この「歌声」が微妙な扱いになっていること自体が、
ブリザーガを「使う」ことについて、
どう描写するか苦慮したことの名残なのかもしれません。


以上のような点からも
ブリザーガとは何か、ブリザーガを使うことは何を意味するのか
客観的に考えれば不穏なものでしかないし、
その不穏さを意識して制作されているにもかかわらず、
作中では何も明確にしていないということが、
私がひっかかった要因のようです。

観ていて釈然としないのもありますが、
かつて自分達の先祖が何を生み出したのか、
カーラたちがそのことをどう思っているのか
ほとんど描写されていないのがとても惜しいのですよね。

古代ヒョーガヒョーガ星人のやったことだから、
今のヒョーガヒョーガ星人も同じ目にあって当然とか、
因果応報だなんて言いません。
けれどブリザーガが使われた意味に気づいているか?
地球に持ち込まれたことの問題を考えているか?
そのあたりは少しでいいから触れてほしかったなあと思うのです。

説教臭くならないようにするには難しいでしょうが、
自分達が故郷を失ったように、
同じことが他の惑星でも引き起こされたかもしれないということ、
そういうものを生み出した
「文明の危うさ」というものを充分に知った上で、
それでも乗り越えて新たな道を歩んでいくという、
そんな決意とドラマも観たかったなあと考えます。

その方がエンディングで再生した草地の上に立つカーラの姿が
より一層心に響くものになったんじゃないかと思いますし、
何より彼女なら、重い問題も過去の過ちも
それらを受け止めて希望に変えられる、
そんな強さと可能性を持っているキャラじゃないかなと感じました。


そしてそれはカーラたちの星の問題に「巻き込まれた」という
他人事の見方ではなく、
「この地球でも同じことが起きてしまうかもしれない」と、
そういう想像もできる構成の方が主題が明確にできたかなと感じました。

冒頭で氷の遊園地があっけなく崩れていったのは、
温暖化なども含んでいるのでしょうが、
あるいはもっと広い事象をイメージしたものではないかとも考えています。

築いていた文明、楽しい思い出の世界、そういったものが一瞬で崩れ、失われることが、
地球にも、現実の世界にもあると、
実際あったと、
いろいろな思いをめぐらせました。

 ◇

(2) 『救いたい星は、ふたつ。』

ブリザーガを封印していたリングを持ち帰れば、
ヒョーガヒョーガ星を救えるかもしれないが、
それは地球を犠牲にすることを意味する……

のび太たちにとっても
「自分達が助かることはカーラの希望が失われることだ」
という葛藤がありましたが、
カーラがヒョーガヒョーガ星より、のび太たちと地球を守ることを選んでくれたことで、共に戦うという流れになっていました。

そのあたりの選択の苦さはしっかり描かれていましたし、
最終的にヒョーガヒョーガ星も救われたという展開自体はとても好きです。

けれども個人的にはリングの試作品は、
偶然にイワコウモリの巣で見つけたのではなくて、
「せめて何か少しでもカーラの役に立つものを!」と
のび太たちの意志で探しにいった結果見つかったものだったら、もっと良かったかなと思いました。


そもそもなぜ古代ヒョーガヒョーガ星人は、
ブリザーガを封印するリングを作ろうとしたのでしょうか。

以下は感想というより妄想になってしまうのですが、
彼らはブリザーガを地球では使っていないし、
使いたくなかったんじゃないかなと想像しています。

当初は確かに自分達のためだけに土地を手に入れ、利用しようとしていたけれども、
「自分達が相手や環境に合わせる」という方向に意識が変わっていったのではないか、
南極の地下にあった都市は滅びたんじゃなくて、
あの街を離れて、地上に発生した人類(地球人)と共に生きていくことを選んだんじゃないかなと妄想しました。

理想論かもしれませんが、
なにかを犠牲にしてひとつの道だけを選ぶのではなくて、
他者を思いやる気持ちや、
「他にできること」を考える知恵、
それらで乗り越えていけることもあるんじゃないか?と、
そういったテーマをもう少し具体的に打ち出して、
のび太たちのカーラを想う行動と重ねられたら良かったのではないかと思いました。

尺の問題もありますし、ジャイアンたちのリュックもちゃんと伏線にはなっていましたが……
でもやっぱりのび太たち自身の気持ちで動いて、
カーラのために手がかりを探しに行ってほしかった!


その路線で行けば、のび太とドラえもんの関係も、
一連のテーマとしてうまくつながったのではないかと考えます。
ドラは「使用者」のために犠牲になるロボットなどでは決してなく、
親友であるのび太が助けに来てくれると信じて、
そのためにできる手を尽くしたし、
のび太もドラを何としても助けたいと願ったからこそ、
そのメッセージを理解し、再会することができたのでしょう。

また、ドラミの占いについても、
単なる伏線や彼女の自己満足ではなくて、
兄のことを心配する気持ち、
他者を思う心から来ていたという解釈であれば、
テーマの一環として組み込めたかもしれません。

ドラも(ドラミや道具も)また科学の産物でありますし、
文明は時に恐ろしいものを生み出してしまうかもしれないけれども、
使う人の心しだいで、乗り越えていけると、
もう少し踏み込んでいけば、
そんな大きな主題も描けたのではないかと感じました。

 ◇

(3) 『本当の友だちと、ニセモノの友だち。何が違うんだろう。』

そのあたりがテーマとして明確に浮かび上がってくれば、
のび太が偽ドラについて
「どっちも本物じゃだめ?」と言ったことも、
流れとして納得がいくように思えます。

このセリフについては賛否があったようですが、
のび太は最初から本物のドラの方を心配気に見つめており、
直後に「ぼくにはこっちが本物のドラえもんに思えるんだ!」と言っていることなどからも、
どちらが本物かわからないという意味で発した言葉ではなかったと考えます。

目の前にいるのはドラの姿をした何者かだけれども、
何か理由があってそうしているのかもしれないし、
少なくとも自分達に危害を加えてくるまでは、
「正しいのはひとつだけで偽者は排除すべきだ」
という考えではなかったのかもしれません。

それものび太らしい柔軟さではありますし、
仮に「しゃべれず、道具も使えないドラ」の方が偽者だと認定されれば、
「排除」されるのはそちらになってしまうという危険と、
裏表の矛盾も無意識に感じ取っていたとも思えます。

この場面でのび太に「こっちが本物で、お前は偽者だ!」
と断じるようなことを言わせなかったのは、
前の項で述べた、
「どちらかを見捨ててひとつを選ばなければならないのか」
という葛藤ともつながるポイントだったのかもしれません。


だとするなら、
偽ドラ=ヤミテムを即座に凍らせて制圧するだけではなくて、
「君はなんでドラえもんに化けているの?」等々、
のび太による問いかけや、
誰もいない塔を守ってきた長い時間を想像するような
そんな演出があったほうが良かったかも……と感じます。

彼はあるいはもうひとりのドラえもんであり、
地球でもあるんですよね。
彼には彼の役目があり、彼なりの正義があったはずですし、
のび太が何とか助けようとしなければ、
凍ったまま塔に取り残されたのは、
本物のドラの方になったはずです。

「凍ったのがドラえもんじゃなくてよかった〜 ハラハラさせるフェイクだったのか!」
という単純なことではなくて、
凍らせる側と凍る側の違いは
互いに紙一重でしかなかったのだと思えます。

彼のうなり声が「なんかしゃべってたぞ」と、言語としてジャイスネに称されていたことや、
本物ではないと否定された時の
「ふざけるな!そんなデタラメあるかー!」という叫びが
怒りと共に悲しみも含んだように感じられたことも、
そうしたテーマに連なる名残のように思えました。


 ◇

ということで
「これってこういうことだったのでは?」という妄想、
「こんなテーマで、もっと踏み込んで描けたんじゃないか?」
という希望等々を述べてきましたが、
決して何も考えられていない作品という訳ではなくて、
元々あった設定や展開を削った結果、
登場人物の心情や出来事の関連が伝わりにくくなってしまったのではないかなと考えています。


今作はイメージポスターと添えられたコピーのカッコよさも話題になっておりましたが、
それに対し本編は正直そこまでドラマチックに盛り上がるものでは無かったかな…と感じました。

それはコピーが「盛った」ものだったということではなくて、
この作品に潜在的に含まれているテーマやドラマ性をライターのかたが的確にすくい上げた結果だったのかなと思えました。
あるいは当初の脚本には、もっと具体的な描写があったのかもしれません。

もちろんそれが悪いということではなく、
全体の構成要素をシンプルにすることで、
時間移動のトリックをより分かりやすくする意図があったのではないかと思います。

知的好奇心を刺激される氷山の解説や、パズルのような遺跡のギミック、
そして何より10万年の時を超えてつながる数々の伏線が理解できたときの「あっ」という驚きは、
とびっきりワクワクする素晴らしいものでした。

全体として過度にウェットな演出や説教臭さを避け、
探検の楽しさや躍動感のある画面づくりの方に力を入れたのだろうなと感じられます。


 ◇

あれこれと注文を述べてしまいましたが、
原作の無いドラ映画としては屈指の完成度だからこそ、
もっとぜいたくに望んでしまうということで!

一回目より二回目、二回目より三回目の方が、
頭の中で情報が整理できてどんどん面白くなり、
また、カーラやヒャッコイ博士のキャラクターもより魅力的に感じられるようになった作品でした。

難しいことを「子ども向け映画だから」と言って避けずに、
大画面とアニメーションを生かしてわかりやすく見せつつ、
のび太たちの冒険の軸として組み込んでいるのもとても良かったです。

アニメーションとしての見せ方、動かし方はとびっきりで、
特にロープの犬ぞりで極地を移動する場面では、
流れていく景色と冷たい空気、
美しくも緊張感漂う圧倒的な夜の世界が
本当にその場に居るように感じられ、
わくわくを越えてゾクゾクさせられました。

オクトゴンから逃げるシーンでも、
古代遺跡の柱の間をすり抜けていく疾走感が素晴らしく、
のび太たちの表情もおでん芸もイキイキと動いていて引き込まれます。

ボムプディングも食べてみたいなあ……
出歩いた博士を注意していたはずのカーラが、
食料庫を開ける話にコロっと釣られてしまうのも可愛い!


あくまで個人的な好みとして、
登場人物の感情の移り変わりや、
全体を通した大きなテーマのようなものも、もうちょっと見たかったなあとは思いますが、
知的好奇心くすぐる冒険に真正面から取り組んだ
素晴らしいオリジナルの「映画ドラえもん」だったと思います。


長くなりましたがここまでご覧頂きありがとうございます。
具体的な場面や流れを追った感想は、「感想その2」の記事で述べる予定です。


※引用したイメージポスターはこちらの記事を参照しました。
コピーは福部明浩さんによるものとのことです。
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1703/10/news085.html

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 4
ナイス ナイス ナイス ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
映画ドラえもん「のび太のカチコチ大冒険」感想その1(希望と妄想編) 今をトキめかない/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる